■■■  自治体学  ■■■

 既成の学問は「国家」を理論前提とする「国家学」です。
 自治体学は「国家統治を市民自治へ」「中央集権を地方分権へ」「行政支配を市民参加へ」組替える実践理論です。「実践を理論化し理論が実践を普遍化する」市民自治の理論です。
自治体学と政権交代
(カテゴリー: 自治体学会の設立経緯
自治体学と政権交代

総括なくして自民党の再生なし
 半世紀にわたって自民中心の政権が続く中、ドラスティックな変化により政権交代が実現したのは、単なる風というようなものではない。半ばあきらめかけていた国民も多かったと思うが、ようやく日本でも真の政権交代が成ったことは喜ばしいことだ。
 自民を中心とした政権は建設業をはじめとする業界の力で集票していた。民主党は選挙における集票の基盤が違う。前原国交相が、八ツ場ダムなど公共事業の見直しを強く訴えることができるのも、これに起因する。これまでの自民党政権では、業界とのしがらみから何も言えなかった。公共事業は当初予算の3倍もの額を蕩尽していたのだ。大蔵官僚もそのことに何も言え(言わ)なかった。 マスコミは政治家vs. 官僚の図式を盛んに書いているが、政権交代によってハッキリ言えるうことを、財務官僚の中にはひそかに歓迎するムキもあるようだ。行政刷新会議の公開仕分けも政権交代があってのことである。
 小泉政権の「聖域なき」構造改革の正体は、言葉どおり生活が成り立たない人の福祉予算まで削って、自己負担を課すというものだった。その一方で、累進課税の比率を緩やかにして金持ち優遇政策を進め、法人税を軽減して大企業を優遇した。そういった弱者を切り捨てる政策の積み重ねが、国民に自民党をあきらめさせたのだ。
 自民党議員は、この道路は自分が予算を引っ張ってきて作ったなどと自慢し、議員とつながりのある建設業者はセンセイのおかげで仕事がもらえると喜んでいた。長い間、公金を我が物顔で使うような政治行動の価値観がまかり通っていたのである。国民もアキラメていたのである。
 自民党は谷垣総裁のもとで再生を図るとしているが、事ここに至っても、過去の問題点をハッキリと指摘した総裁候補は1人もいなかった。自民党がなぜ国民から見放されてしまったのかをきちんと総括できない自民党では政権復帰は夢のまた夢である。権力を失った自民党領袖は何をすることもできないでいるではないか。

「地方主権」は口先だけか
 民主党政権の問題点として、子育て支援、学費無料化等に係る財源確保が言われるが、財源は圧倒的なムダの塊をなくすことで確保できるはず。また、誰も言わないが、防衛費の無駄にも手をつける必要がある。なぜ要らない戦闘機を購入したり、根拠のない金をアメリカに払い続けるのか。この点もアメリカと正面を向いて話し合うべきではないか。それが日米対等ということであろう。
 新政権発足後、何かにつけ地方主権と言っているが、何が地方主権であるのかが見えない。民主党の言う財源と権限の地方移譲は、単なる言葉だけのものであるように思える。つまり民主党も、全部中央で取り仕切ろうという考え方である。自民党時代と差はないように思える。
 民主党の小沢幹事長は、かつて、全国の市町村を300に絞り込むと言っていた。国家ありて地方なしである。民主党には自治・分権は希薄である。言葉だけではない地方分権の制度改革が求められる。多くの国会議員が地方分権の推進に及び腰なのは、地元への利益誘導を省庁から強引に引き出す構図が崩れるからだ。
 財源が地方に振り分けられると、東京で地元への利益誘導の政治活動ができなくなり、自分の存在価値もあいまいになるからだ。
 このことでは自民も民主も議員の考えは一緒で、本音を言うと国会議員は道州制に反対しているのではと思われるフシがある。とはいえ、地方でなければ解決できない問題が多々出てきているのは事実だ。真に人々の生活を考えるなら、地方に財源をつけて権限委譲することは不可欠。このまま言葉だけで地方分権が推進されないとするならば、民主党も支持を失うであろう。
 これからは、地方政府が国内政策を固める一方、中央政府は国際社会の政策課題に目を向けなければならない。環境破壊やウイルスの蔓延など、困難きわまる課題が山積している現代社会である。

北海道新幹線も再考するべし!
 北海道について言えば、函館から札幌への延伸を悲願だとしていた新幹線問題も考え直す良い機会だ。飛行機で充分間に合うものを、新幹線に乗って一体どこへ行こうというのか。何も莫大な費用をかけて国土を荒廃させる事業は止めるべきである。これは工事費で潤う人のための公共工事である。関連業界の利益のためのものである。北海道経済の景気浮揚につながるというのは甚だ疑問だ。函館などの工事地域を選挙区とする民主党議員が集まり中止・凍結の党政策を見直すべきだと蠢き始めているとのことである。
 こんなところに使う金があるのならば、母子・父子家庭とか生活保護家庭など、生活に苦しむ人のために金を使うべきだろう。介護ヘルパーの人件費をピンハネする受託制度を規制するべきである。真に国を豊かにする政策は公共建設事業でない。福祉、環境、教育の充実による新産業の開発である。
書評 「文化の見えるまち」 
(カテゴリー: 新刊案内
 宮本憲一先生が、小著「文化の見えるまち」の書評を書いてくださったので転載する。

 森啓著「文化の見えるまち」(公人の友社・2009年8月刊行)

 本書は、自治体の文化政策の教科書といってよい。
 ここでは73年に大阪府から始まった文化行政の30年を検証している。冒頭において文化の見えるまちとは「住んでいることが誇りに思えるまち」として、自治体の存立意味は「文化の見えるまちをつくる」ことにあると定義している。
 この場合の自治体とは、行政のことではない。自治体の主体は市民である。従って、「文化の見えるまちづくり」は「市民自治のまちづくり」でなければならぬ。これが自治体学理論である。
 彼は、文化行政ではお役所の縦割り行政の弊害が出るとして、「文化のまちづくり」という総合概念にしている。そして「文化の見えるまち」をつくるには、「主体の自己革新」が必要だとしている。
 それは、自治体職員も「省庁政策の支配」から脱皮し、「自治体独自の政策発想」を獲得する可能性を求めることである。このための開発の場として、市民と文化団体と行政職員が同じ地面に立って話し合う「文化の見えるまちづくりフォーラム」が開催されたのである。
 91年に徳島市で「参加から協働へ」をテーマに第1回が開催され、第11 回が「まちに文化の風を」というテーマで池田市の市制70周年記念行事として共催されたのである。

 本書には、自治体の文化戦略という副題がついている。 そして、彼の定義によれば「説明理論」としての「行政の文化化」や「協働」について論じた後、「実践理論」である文化ホールのあり方や地域文化の主体について述べている。彼によれば、すべての行政を文化行政の施策といえるものに組み替えるのが行政の文化化である。文化化された行政政策によって「住んで誇りに思える文化の見えるまち」をつくるのである。
 例えば美術館のような施設をつくるだけでなく、伝統行事を復活させ自然や歴史的景観を市民と共同してつくり出すこと、商店街の再生や地域産業を地域生活に定着させる市民と行政の協働など、すべてが文化行政の施策である。この定義は少し晦渋であるが、文化政策がまちづくりの中心として総合行政でなければならないといっているのである。
 
 この本では、文化ホールと自治体の文化戦略についての松下圭一氏と著者の対談が面白い。バブルから景気政策の過程で、公共事業の一環として文化ホールが各地に建てられ、70年代の450から08年には2192に増えている。公会堂のような多目的ホールから専門ホールまであり、その管理・運営について、採算が取れず、また有効な活用ができていないなどの批判がある。文化ホールをまちづくりの拠点とする森氏は「まだ足らない」とし、松下氏は批判が出ていることに未来を感じている。最近の指定管理者制度も含めて、管理主体の問題やまちづくりへの生かし方は文化行政の重要な論点であろう。
 また文化行政への視角では鶴見和子氏、清成忠男氏と著者の鼎談も興味深い。
         宮本憲一(大阪市立大学名誉教授)
第11回・全国文化の見えるまちづくりフォーラムの開催
(カテゴリー: 自治体の文化戦略
 第11回・全国文化の見えるまちづくりフォーラムの開催

 2009年8月27日と18日の二日間、大阪池田市で開催された。沖縄から北海道までの全国各地から、市民、自治体職員、学者研究者、芸術芸能家、文化団体役員、文化ホール関係者、都市計画コンサルタントなど325人が参加して討論を繰り広げた。
 文化行政は1972年に大阪の黒田了一知事が設置した大阪文化振興研究会の政策提言から始まった。以来、まちづくりの政策潮流となって全国自治体に広がり、それまで皆無であった文化ホールが全国各地に建設された。公共施設の建設に地域性と美観性を取り入れる「文化アセスメント」や「文化1%システム」などの自治体独自の制度開発もなされた。
 文化行政は当時の急激な工業的都市開発への反省でもあった。そして現在は「指定管理者制度」という名目の「文化の民間委託」が流行して様々な問題が生じている。 
 文化行政が始まった70年代もオイルショックで財政は窮迫していた。文化行政は金がないから知恵を出したのである。
 文化行政は一過性の「流行」であるのか、それとも「住んで誇りに思えるまち」の創出をめざす「長期戦略」であるのか。その論議が第11回フォーラムの主題であった。

フォーラムの概要
基調講演「都市の文化―都市格」宮本憲一(大阪市立大学名誉教授)
問題提起「文化の見えるまち」   森  啓 (日本文化行政研究会代表)

分科会討論
 第一分科会「文化のまちづくりの主体」
  ・行政職員と文化団体と市民の相互信頼は如何にして可能か。
  ・信頼関係の構築には主体双方の自己革新が必要であるが、それは可能か。
  ・信頼関係を阻む要因は何か、主体の変革は如何にして為されるか。
 第二分科会「文化景観の保存と再生」
  ・歴史景観の修景美化―実践と評価。
  ・みどりと水辺の風景保全―実践と評価
  ・地域の誇りとしての伝統文化―再生と評価
 第三分科会「検証・文化の民間委託」
  ・文化ホールは「文化のまちづくりの拠点」になっているか。
  ・「指定管理者制度」は「文化ホールの設置目的」に適合するか。
  ・「文化施設の企業委託」は「文化の見えるまちづくり」と矛盾しないか。

総括討論
  討論者 上原恵美 (京都橘大学教授) 
       木津川計 (上方芸能・発行人代表)
       林 省吾  (財・地域創造理事長)  
       倉田 薫 (池田市長)
  助 言 宮本憲一 (大阪市立大学名誉教授)
  司 会  森  啓 (日本文化行政研究会代表)

 討論の内容は、時事通信社「地方行政」の10月8日・15日号に掲載される。
 
新刊・文化の見えるまちー自治体の文化戦略
(カテゴリー: 新刊案内
新刊・「文化の見えるまち−自治体の文化戦略」(公人の友社)

第一章  文化の見えるまち
第二章  文化ホール 
第三章  対談・自治体の文化戦略
           (松下圭一×森 啓)
第四章  行政の文化化
第五章  協働と行政の文化化
第六章  地域文化の主体 
第七章  鼎談・文化行政への視角
           (鶴見和子×清成忠男×森 啓) 
第八章  文化行政の沿革
第九章  展望
第十章  日本文化行政研究会小史  中村順

文化の見えるまち


 文化の見えるまちとは「住んでいることが誇りに思えるまち」のことである。
 文化は計量化できない価値であり目に見えるものでもない。見えない価値を保存し創出する営為が「文化の見えるまちづくり」である。自治体の存立意味は「文化の見えるまちをつくる」ことにある。
 非文化的な日本列島の現状は省庁政策に従属した結果である。産業基盤の整備に財政を投入し公共事業を肥大化させて地域文化を破壊したのである。自治体財政の軒並み赤字は米国の内需拡大要求で公共事業を強要された結末である。市町村合併を強要し三位一体改革を反故にしたのは省庁官僚である。
 省庁政策に従属してはならない。省庁官僚に服従しては「文化の見えるまち」はつくれない。
 自治体は政策自立しなければならない。政策形成力と政策実行力を高めなくてはならぬ。
 地域を守るのは自治体である。

 「自治体」とは「行政」のことではない。自治体の主体は市民である。
 市民が政府(首長と議会)を選出して政府を制御し政府を交代させるのである。これが「市民自治の政府信託理論」である。信託は白紙委任ではない。四年期限の信頼委託である。重大な背信行為のときには信託解除権の発動となる。
 行政機構は市民自治の事務局であるから政策策定と政策実行を行政機構が独占してはならない。「文化の見えるまちづくり」は「市民自治のまちづくり」でなければならぬ。これが自治体学理論である。
 市民も行政職貝も首長も議員も文化団体の役職員も自治体学理論が必要である。旧来の統治行政の考え方では「文化の見えるまち」にならない。
 現在日本に必要なのは「考える力」である。「批判的思考力」である。

 本書は一九七三年に大阪から始まった文化行政の三〇年を検証し「文化の見えるまち」とはどのようなまちであるかを明らかにした。
 黒田知事が設置した大阪文化振興研究会の提言は、現在からふり返れば「自治体の政策自立」を促す提言であった。文化行政は八〇年代に政策潮流となって全国に広がった。
 文化行政では「行政が文化を仕切る」の誤解が付きまとう。そこで「文化行政」を「文化の見えるまちづくり」と言い換えた。「文化のまちづくり」ならばタテワリ省庁の政策支配から脱し自治体独自の政策発想が可能となる。
 本書は「文化の見えるまちづくりフォーラム」の経緯を検証して自治体の政策自立の可能性を展望した。
 日清日露この方、日本国家は庶民大衆が楽しむ施設にピタ一文支出しなかった。人々が集い楽しむ文化施設の建設から文化行政が始まったのは当然のことであった。ハコモノ批判が噴出したのは、行政職員にも建築家にも文化ホールの何たるかの認識が欠如していたからである。
 そこで、本書は優れた文化ホールの実際例を点検し文化ホールは「文化の見えるまち」の拠点になり得ることを確認した。
 次いで本書は「行政の文化化」と「協働」の言葉の由来を検証し「文化の見えるまち」をつくるには「主体の自己革新」が不可欠であることを論証した。
文化の見えるまち
(カテゴリー: 自治体の文化戦略
 文化の見えるまち

 第11回「文化の見えるまちづくり」全国フォーラム
  2009年8月27日〜28日 
  大阪池田市  

  文化の見えるまち
 八十年代に文化1%システムが全国に広がり、公共建設事業に美観性と地域個性を導入する考え方が一般化した。関西では「文化アセスメント」の手法が行政施策に取り込まれた。
 文化ホールは「行政が管理する営造物」ではない。「市民文化の拠点」である。この考え方が広がった。バッハホール、ピッコロシアター、水戸芸術館、メイシアターのように水準の高いホールが増えた。住んでいることを誇りに思う魅力あるまちづくりが様々に展開された。
 文化アセスメントの実践例は武庫川の宝塚大橋であった。「行政の文化化」の実際例は横浜市役所横の「くすの木広場」であった。
 花と緑と彫刻のまちづくり、歴史的建造物の保存、歴史の連続性を喚起する地名の保存、商店街の魅力化、都市の修景美化、景観条例の制定など「文化の見えるまちづくり」が様々に展開された。非日常の興奮と感動を楽しむ音楽祭や演劇祭、誇りの感情でわがまちを見つめる市民オペラ、市民文化の拠点となった文化ホール。障碍を乗り越え実現した実践と連帯も地域の文化である。

 文化行政は大阪から始まった 
 自治体は長い間、企業のための基盤整備に財政を使わされた。そのため人々の生活環境に美しさと潤いが欠落した。「水の都」であった大阪は「ゲスの街」と評されるに至った。
黒田了一大阪府政が誕生したのは文化都市大阪の甦りを大阪の人々がめざしたからであった。金がないから知恵を出し住んでいることを誇りに思える大阪をめざしたのである。文化行政は大阪から始まったのである。その大阪府が今、「市場原理の財政改革」を強行して文化予算を削減しているのである。
 文化は財政に余裕のあるときのことだとの言い方がある。自治体財政に余裕がないのは、中央政府が市場原理の構造改革論をふりかざして合併を強要し交付税を削減したからである。地方切捨ての財政政策が財政窮迫の主要原因である。
 文化行政が始まったときもオイルショックで財政は窮迫していたのだ。文化は財政に余裕があるときのことではない。
 
 文化の見えるまちづくりフォーラム
 「文化行政」の用語では「行政が文化を仕切る」の誤解が伴う。「文化の見えるまちづくり」と言い換えた。「文化の見えるまちづくり」ならば「省庁政策の支配」から脱して「自治体独自の政策発想」を獲得する可能性も出てくる。
 「文化の見えるまちづくりフォーラム」を全国持ち回りで開催することにした。
このフォーラムは、市民、文化団体、芸術芸能家、学者研究者、行政職員が一堂に会して、「住んで誇りに思えるまち」を創出する政策を討論する場である。
 市民・文化団体と行政の関係は「行政への参加」ではなく「協働」である。協働とは自己革新した市民と行政職員が「政策策定と政策実行」で協力することである。信頼し協力しなければ「住んでいることを誇りに思うまち」はつくれない。
 「文化行政」を「文化の見えるまちづくり」と言い換えたが「文化の見えるまちづくり」では用語の体をなさない。「文化政策」も「文化行政」と同様に「行政が主体」の語感が伴う。「文化戦略」という言葉を使うことにした。   
インタビューに答える
(カテゴリー: 自治体学理論
インタビューに答える (2009-7-30、月刊誌)

1 「郵政選挙」は何であったか
  一言で言えば悲惨な事態の連続です。
 小泉構造改革は市場原理の新自由主義経済政策です。
 社会保障制度を壊し聖域なき構造改革と称して福祉予算を削減し、収入のない障害者にまで自立支援の名目で医療費の自己負担を課しました。社会的弱者の切り捨ての横行です。
 法人税を軽減し累進税率を引き下げ富裕層の要望に応えたのです。改革の本丸と絶叫した郵政民営化はアメリカ金融資本の要求であったのです。
 市町村合併を強要して地方交付税を削減しました。70年代から積み上げた自治体の政策自立が揺らぎ後退を余儀なくされています。
 派遣労働禁止などの労働者保護法制を後退させ、不安定な低所得労働者を大量に増やし、若者を街頭に放り出した元凶は小泉純一郎ですよ。毎年三万人が自殺しています。20代、30代の自殺者が増えているのが現在の日本です。蔓延する絶望が「誰でも良かった殺人」を引き起こしているのです。
 問題は小泉の言動に多数の人々が騙されたことです。メディアと学者は小泉改革の背後を洞察せず保身のために黙過しました。メディアと学者の責任は重大です。

2 民主党のマニフェストに盛られた地方政策の評価
 色々書いてありますが、財源調整制度や地方交付税制度について一歩踏み込んだ政策構想がないですね。自治体間の財源不均衡を改める制度提案が不十分です。
 市町村合併のとき「三位一体改革」が言われましたが官僚の抵抗で潰えました。「国税を地方税に回して法律上の権限も地方に移す」というのは一見良いことに思える。しかし実際には自治体間格差が生じる。そのとき、都市地域の税収を地方に回すことに「都市住民は賛成しない」と民主党の人も自民党と同じことを言うわけです。国会議員でありながら日本社会の未来を構想する政治能力が欠落しているのです。
 一皮むけば自分本位の発想です。この点は民主党も自民党も同類です。
 小沢さんは300の自治体で良いと言っています。国会議員の選挙区の数が頭にあるのです。その発想は「自治」ではなく「国家」です。「市民自治」でなく「国家統治」です。
 松下政経塾出身の方々にも市民自治の理念が欠落しています。国家発想・権力発想です。

3 自民党の地方政策はどうですか。
 道州制を推進すると言っています。道州制とは47の府県を8か10の州に統合することです。裏側の意図を洞察しなければならない。真の狙いは何かを。
 彼らがこれまで何をやってきたかを考えることです。繰り返しますが、政治権力は大衆を言葉で騙します。最近は御用学者が尤もらしい理屈で権力に加担しています。 
 強要された市町村合併は何のためであったか。合併したところは現在どうなっているのかを見つめ、考えることです。
 地方切捨てで自公支持が急落したので、麻生政権は道路財源から1兆円の地方交付金を決めました。だが建設業者と道路族議員と官僚の巻き返しで時代逆行のヒモ付き交付金になったではありませんか。
 「47を8にする道州制」と「3200を1800にした市町村合併」。そのネライは何か。地方管理体制の強化です。「地方の幸せ」「自治の進展」のためではない。地方のことを本気
で考えてはいないのです。
 「まさか」「まさかそんなことにはならないだろう」ではなくて、世の真相を洞察しないと、ツケは自分に返ってくるのです。
 「国を愛する心がなくてどうするか」「どこに徴兵制のない国があるのか」などの声高な論議は目の前まできているのです。
 ネットの「YouTube」にはビックリする動画が投稿されています。

4 有権者に伝えたいことは何ですか。
 現在の日本は「国民的健忘症」に罹っていると思います。「考える力」が衰えているから忘れるのですね。現在の日本に必要なのは思考力です。批判的思考力です。
騙されてはならない。御用学者とマスメディアを信用してはなりません。思考力を高めなくてはならない。自分で考える。テレビに出ている御用学者の理屈に騙されてはならない。
 自分の一票を重ねることで日本の政治を改めるという発想を持ちたいと思います。候補者の殆どが自分利益の人たちですから一回の選挙で目に見える効果は出ない。けれども諦めない。何回かの選挙で状況を変えていく。そう考える。
 日本はアメリカやイギリスのような二大政党よりも、ヨーロッパのようにいくつもの政党が政策協定を結んで政権を担う。その組み合わせを国民が支持する政治の方が良いと思います。相互批判の可能性があるからです。危険な方向に崩落しないためです。   
自治体政策研究所と自治体学
(カテゴリー: 自治体学理論
自治体政策研究所と自治体学

 夕張再生の自治体学
1夕張再生市民室
 353億円を18年間で返済する再建計画は実質的には北海道庁と総務省が作成したものである。そして総務省からやってきた職員が、夕張再生室長となって1億円を超える全国からの寄付金「黄色いハンカチ基金」を管理し、何にどう使うかの審査も再生室長が掌握している。
 再生室の(つまり総務省の)考え方は、353億円を計画通りに返済することが「夕張再生」である。しかしながら、夕張再生は夕張市民の生活が成り立つことが基本になくてはなるまい。返済計画は「夕張再生計画」ではあるまい。そして市民生活が成り立つには10年間で100億円の返済が限度である。夕張の借財は内需拡大を煽って夕張市を優等生であると表彰した国の責任でもあるのだ。また、返済不可能を知っていながら起債を認めて国に取り次いだ道庁にも責任がある。
 現在の夕張再生室は「債務償還管理室」であるのだから、名称を「夕張市債務償還管理室」に改めて、全国からの寄付金の管理は「夕張再生市民室」を新設してそこが所管すべきであろう。
 夕張再生には市民と行政との協働が不可欠である。しかるに現状は、「市民と市議会」、「市民と市役所職員」との間には、長年の経緯による深い溝がある。だが、信頼を基にした協働がなければ夕張再生は不可能である。信頼に基づく連帯関係を創り出さなくてはならない。如何にして連帯を創り出すか。これが自治体学の理論問題である。

2 市民行政
 市民行政とは市民が市役所職員と一緒に夕張再生の仕事をすることである。行政法学には「市民行政」の観念は存在しない。この言葉に行政法学者は違和感をもつであろう。行政は行政職員(公務員)が行なうものだの観念から脱することができないからである。統治の学としての行政法学理論だからである。
 そこで、国家統治学から自治体学に理論転換をして「行政概念」を再構成するべきである。人間存在の意味は「言葉で論理」を組み立てて「解決方策を構想」することにある。未曾有の困難な事態に立ち至っている夕張である。市民自治の自治体学理論で夕張の事態を理論解明しなくてはなるまい。 
 「行政概念を転換する」とは、次のようなことである。
 国家統治学は「行政とは法の執行である」と思っている。自治体学は「行政は政策の実行である」と考える。
 政策は課題と方策であるから、政策の実行とは課題を解決することである。夕張再生という困難課題を解決するには「市民と行政職員の協働」が不可欠である。国家学の行政法理論に縛られてはならない。
 「市民行政」とは市民が行政を行うことである。これまで、参加・参画・協働という言葉が言われた。内容はどれも同じである。市民行政を市民参加と考えればよいのである。そして、市民参加とは市民が政策立案、政策決定、政策執行、政策評価の各過程に実質的に関わることである。それが市民参加の意味である。
 国家学の行政法学理論では「そんなことありえない!」と思ってしまうであろう。
だが、人間の生きている意味は「理想を目指して現実をどう変えていくか」である。理論の意味は「そのために論理を如何に構築するか」である。
 政策の立案と執行に市民が参加する。これが最近、流行っている「市民と行政の協働」である。協働とは自己革新した主体の協力関係を意味する言葉である。主体双方が従来のあり方と考え方を改めることが基本前提である。
 夕張市役所に再生市民室を新設する。
 市民が市役所職員と協働して市民生活優先の夕張再生に取り組む。

3 市民議会
 もう一つの自治体学の提案は、「市民議会」の創出である。
 「市民議会」とは市民の手に議会を取り戻すことである。
 現在の夕張には「市民と市議会」の間に深い溝が横たわっている。市民と議会の意志疎通は不信の壁で閉ざされている。
 福島県矢祭町では議員提案で議員報酬を日当制に改めた。町財政の危機を乗り越えるためである。それは矢祭町の議員が「わが町への愛情」を抱いているからである。 財政破綻した夕張市の議員は矢祭町議員の行動をどのように見ているのか。
 議会を「平日夕刻と休日」に開催して普通の市民が議員活動をできるように改める。それが市議会を市民の手に取り戻すことになる。
 だが、それを決めるのは現在の議員である。素知らぬ顔で財政破綻の前と同じに議員特権にあぐらをかいている。それが夕張市の議員である。
 夕張市議会にこそ再生計画が必要である。

  自治体政策研究所の活動は、下記のHPに、時事刻々が掲載されている。
    http://jichitai-seisaku.com/index.html
自治体政策研究所とは
(カテゴリー: 政策提言
 自治体政策研究所とは

NPO法人自治体政策研究所は、北海道庁職員が1995年1月に「政策型思考研究会」を結成し「自治体学理論」の研究を行ない「論集・政策型思考と政治」を刊行して、2007年10月に「政策型思考研究会」を発展的に改組して「NPO法人自治体政策研究所」を設立した。

 最近の研究課題は「夕張再生の自治体学」である。
 夕張市は再建計画の想定を上回るペースで市外への人口流失が進行している。
 2006年6月で13,165人、2007年4月で12,552人、2008年4月で11,998人である。
 再建計画は実質的には国と道庁が策定したものであり、その内容は「債務償還計画」であって「再生計画」ではない。
 債務総額の353億円は、道庁がみずほ銀行などの債権者に全額立替をして確定した債務額である。
 社会の通常では、返済不能となった「不良債権」の処理は、債権者会議の場で「何割かの債権放棄と返済保証」の協議がなされる。その協議を纏めるのが「道庁の役回り」ではあるまいか。しかるに道庁は、全額を債権者に立替えて夕張市の債務額を確定したのである。道庁はみずほ銀行などの債権者の側に立って債権を100%守ったのである。そう考えざるを得ないではないか。そしてまた、夕張再建計画の策定も夕張市民の生活よりも総務省の指示どおりに行動しているではないか。市町村の側に立つ道庁とは思えない言動である。
 国の内需拡大政策に従い起債承認を続けた道庁に債務額の一端を負う責任があるのではあるまいか。これらは論義をするべき課題であろう。 
 自治体政策研究所は、夕張再生への現地調査を重ね、地元の「再生市民会議」とも意見交換を行い夕張再生への提案を行ってきた。さらに、市民、研究者、企業経営者、弁護士の方々と、夕張再生の道筋を探る「政策提言公開討論の場」を設けている。
 それらの詳細は、下記のHPに時事刻々を掲載している。

    http://jichitai-seisaku.com/index.html


  夕張再生・公開討論会

  日時 2009年7月9日(木)13時〜16時
  主催 北海学園大学開発研究所(道州制に係る研究会)
       NPO法人自治体政策研究所     
 
 開会挨拶   高原一隆     北海学園大学開発研究所所長 

 講 演  「まちづくりと議員の責務」
            根 本 良 一  福島県矢祭町前町長

 討 論  「議員の役割と市民の責務」        
       司  会  森  啓  (NPO自治体政策研究所)
       パネラー  根本良一 (矢祭町前町長)    
               北 良治  (奈井江町長)   
               笹村 一  (リンカーンフォーラム北海道)
               三島京子  (夕張市民)    
               湊谷宣夫  (NPO自治体政策研究所)

 
文化の見えるまちづくりフォーラム・その2
(カテゴリー: 自治体の文化戦略
第11回「文化の見えるまちづくり」全国フォーラム(その2) 

2009年8月27日~28日大阪池田市で開催する。
プログラムは http://bunkaforum.net/ 

 文化は財政に余裕のあるときか
 文化は財政に余裕のあるときのことだ、右肩上がりの経済の時代は終わったのだから、との言い方がある。
 中央政府が市場原理の構造改革論をふりかざして合併を強要し交付税を削減した。地方切捨ての財政政策で自治体財政に余裕はない。しかし、文化は財政に余裕があるときのことではない。
 文化行政が始まったときもオイルショックで財政は窮迫していたのだ。
 1973年、黒田大阪府政は文化の旗を掲げて自治体に政策潮流の波を起こした。長い間、企業のための基盤整備に財政を使ってきた。そのため生活環境に美しさと潤いが欠落した。「水の都」であった大阪は「ゲスの街」と評され地盤沈下した。
 だから黒田了一大阪府政が誕生したのである。都市の甦りが文化行政の基本視座であったのだ。文化行政は大阪から始まったのだ。その大阪府が「市場原理の財政改革」を強行して文化予算を削減している。
 「文化は財政に余裕のあるときのことだ」と言っているのは「行政を革新せず」「無駄遣い文化行政を進めたところ」である。 
 八十年代に文化1%システムが全国に広がり公共建設事業に美観性や地域個性を導入する考え方が一般化した。関西では「文化アセスメント」の手法が行政施策に取り込まれた。
 文化ホールは「行政が管理する営造物」ではなく「市民文化の拠点」である。この考え方が広がった。バッハホール、ピッコロシアター、水戸芸術館、メイシアターのように水準の高いホールが増えた。住んでいることが誇りに思える魅力あるまちづくりが様々に展開された。
 初期の実践例は武庫川の宝塚大橋であった。横浜市役所横の「くすの木広場」は「美しさ・楽しさ・地域個性」を施策に取り入れた「行政の文化化」の実際例であった。
 花と緑と彫刻のまちづくり、歴史的建造物の保存、歴史の連続性を喚起する地名の保存、商店街の魅力化、都市の修景美化、景観条例の制定など「文化の見えるまちづくり」が展開された。非日常の興奮と感動を楽しむ音楽祭や演劇祭、誇りの感情でわがまちを見つめる市民オペラ、市民文化の拠点となった文化ホール、美しい景観や潤いのある風景がつくり出された。そして、障碍を突破してそれらを実現した実践と連帯も地域の文化である。
 文化行政が提起した問題意識は確実に浸透したのである。
 これら実践例を眺めても、文化は財政に余裕のあるときの問題だと言うのであろうか。文化は財政に余裕のあるときのことだの言説は、現代社会の認識欠如を示すものである。
 本年8月27日と28日、大阪池田市で「文化の見えるまちづくり」の政策討論を行う。
 申込・問合せ いけだ市民文化振興財団
         072-761-8811 FAX072-761-1987 
         E-mail inforum-ikeda@azaleanet.or.jp
http://bunkaforum.net/
文化の見えるづくりフォーラム
(カテゴリー: 自治体の文化戦略
第11回「文化の見えるまちづくり」全国フォーラム

 2009年8月27日~28日大阪池田市で開催する。
 プログラムは http://bunkaforum.net/ 

1 自治体の役割は何か。
 自治体の役割は「住んでいることが誇りに思えるまち」をつくることである。省庁政策に従属することではない。
 ところが、今次の市町村合併が示したように、自治体の多くは省庁の指図に隷属し騙される。省庁の本心は縄張拡大と退職後の外郭団体づくりである。
 それが見抜けない首長と議員は誇りに思えるまちはつくれない。上司意向に従属する保身の地方公務員にも文化のまちづくりはできない。
 そして、住んでいる人々にまちへの愛情がなければ「誇りに思えるまち」にならない。まちへの愛情はまちづくりに関わることによって育まれる。人間は感性と理性の存在である。共感と納得の論理が必要である。 
 「文化の見えるまちづくり」には「自治体学理論」が不可欠である。

2 行政の文化化
 行政職員は「必要なムダ」「見えない価値」「美しい・楽しい」の大切さを起案文章に書き上司の挨拶文にも書く。だが実際場面では「行政は法律規則によって業務を執行するものです」「現行制度では致し方が御座いません」と市民に応答している。
 「自分で判断をしない」。何事も「上司に伺って」である。「何とかならないものか」と自分の才覚を働かせることをしない。管理職もその態度を服務秩序として職員に求める。ところが、幹部職員が最大細心に注意しているのは「責任回避」である。これが行政文化である。市民が直観する「行政不信」はこの行政文化である。(少数の例外者は職員にも管理職にも存在する)
 つまり、今の行政文化では「文化のまちづくり」にならない。
 これが「行政の文化化」の基本認識である。
 この認識が明晰でなければ「行政の文化化」の理解は漠然である。そして「意味不明の文化行政論」が横行する。恰もそれは、自分自身の正体は統治思考でありながら「市民自治・市民主役のまちづくり・自治基本条例」などの言葉を尤もらしく使う人と同様である。 

3 文化の見えるまちづくり−異種交流
 行政の質が良いものになるには行政職員の自己変革が不可欠である。だが、行政職員は無難に大過なくの行政文化に馴染んでいるから自分自身では変われない。市民と文化団体が行政職員の変革を支援しなければ変われない。七十年代以降の市民活動の衝撃で行政と行政職員は徐々に変わってきた。
 そして、自分で変われないのは行政職員だけではない。市民も文化団体も企業も自分だけでは変われないのである。自己革新には相互刺激が不可欠である。
 自分の殻に閉じ籠っていては「何が問題であるのか」「打開の方策は何か」が見えない。見えないものを見るには異種交流が必要である。
 徳島で「第一回文化の見えるまちづくり政策研究交流フォーラム」を91年に開催した。
 このフォーラムは、市民、文化団体、芸術芸能家、学者研究者、行政職員が一堂に会して「文化の視点」で地域社会のあり様を問い直し「住んで誇りに思えるまち」を創出する政策討論の場である。第11回を本年八月二十七日と二十八日に大阪池田市で開催する。

第一回「「参加」から「協働」へ」   1991-2/ 1~2   徳島市 
第二回「地域の人・こころ・ロマン」 1992-2/ 5~6 宇都宮市 
第三回「文化を発信するまちづくり」 1993-11/11~12 沖縄市 
第四回「もう一つの文化発見」    1994-11/17~18 宮城県
第五回「自然と文化の共生」   1995-7/20~21  高知県
第六回「文化のネットワーク」    1996-10/17~18 北海道
第七回「歴史と未来が出会うまち」 1997-10/16~17 静岡県
第八回「水俣で21世紀を発想する」1998-11/11~13 熊本県
第九回「自治文化ルネッサンス」  2002-11/21~22 吹田市
第十回「土と炎のまち」 2003-11/20~21 多治見市  
第十一回「文化の風」        2009-8-27~28 池田市
西安・延安に旅した
(カテゴリー: 無防備地域宣言
西安・延安に旅した

 中国の西安と延安に旅した。
 延安大学で日本語を教えている知人と再会するためである。
 西安は、遣隋使・遣唐使のころは「長安の都」である。西安空港からリムジンバスで一時間の道のりであつた。城門をくぐり長安の都大路に入ったときには、古代日本の修学僧に想いを馳せ心にときめきを覚えた。奈良平城京の朱雀大路は長安を模して造営されたと言われている。
 宿舎のホテルの向かいに招待所の看板が見えた。招待所とは中国各地の都市にある貧困層の宿泊施設である。不躾にならぬよう注意しながら見て歩いた。富裕層の生活水準は急速に上昇している中国である。だが圧倒的多数の貧困層の生活が工業文明の恵沢を得るに至るには如何ほどの歳月を要するであろうかと考えた。
 西安での第一の目当ては、張学良が蒋介石を拘束した西安事件の歴史の現場である。蒋介石の寝室の窓枠には弾痕が残されていた。「寝台の向こう側の窓から逃げたのです」「あの山腹の建物に幽閉されたのです」と案内してくれた女子学生が日本語で説明した。国共合作の歴史の現場に佇み山腹の建物を見上げてしばし中国近代史と日本の軍事侵略を想った。そこは「華清池」という楊貴妃の浴室も残されている著名な温泉地である。
 延安へは西安駅24時発の夜行寝台車に乗った。西安駅待合室は辺境に向かう乗客がいっぱいで、その風景は印象深いものであった。百八十元の軟座で眠った。一元は17円で軟座料金は3,060円である。因みに硬座料金は百元。
 朝の七時に延安に着いた。国立延安大学の外事処の職員に出迎えられた。
 延安は紅軍の長征で有名な中国革命の根拠地である。毛沢東、朱徳、周恩来、劉少奇の洞窟居宅が保存されていた。毛沢東は中国革命の著作の多くをここで書いた。国民党の爆撃攻撃が11年で17回あったと説明された。
 正面に「在毛沢東的旗幟下勝利前進」と書かれた「中国共産党第七次全国代表大会」の会議場が生々しく保存されていた。
 延安大学で「日本社会の近代化」の講演をした。近代化とは「工業技術の発達」と「民主的政治制度の習熟」であると述べた。
 日本は1945年に軍国主義国家体制が解体されて国際協調と無防備平和を憲法規範として定めたが、現在の中央政府はアメリカとの軍事同盟に傾斜している。
 そこで、日本市民は平和憲法の実現をめざし無防備平和宣言条例の制定運動を展開しているのです。この本が「札幌市民の会の活動記録」です。この本には「国家統治」に対抗する「市民自治」の論文も収録されていますと本を掲げて無防備平和の市民運動を説明した。講演のあと「無防備平和・谷百合子編」を延安大学に寄贈した。
 そして日本語学科の学生に囲まれて夜遅くまで談論した。向上心旺盛な中国の若者との語らいは楽しいものであった。「日本人は中国をどのように見ていますか」と学生に訊ねられた。「殆どの日本人は中国を知らないのです」と答えた。 
 友好は互いに知り合うことから始まるのだと思った。学生と再会を約した。
 帰国の前夜、北京で映画「南京、南京」を観た。5月15日の朝日新聞はこの映画を「脱・反日」と紹介していた。日本での上映は難しいであろうか。
 延安大学の知人から学生の「談論の感想文」がFAXで送信されてきた。延安大学のホームページは日本人が来校して講演したと報じていた。


世襲は日本政治を低下させる害悪である
(カテゴリー: 世襲批判
世襲は日本政治の害悪である。

世襲は日本政治の質を低下させる害悪である。
外国からは「身分制」の時代に日本は逆戻りしたのかと奇異な目でみられている。

世襲議員は能力が低い
 世襲議員の第一の問題は政治家として能力が低いことである。
 政治家の能力とは社会公共の問題を解決する能力である。社会公共の問題を解決するには既得権と癒着権益の壁を突破して事態を打開しなければならない。政治家の能力は不利益をも覚悟して一歩前に踏み出す経験から得られるのである。 
 ところが、世襲議員は親の七光りで陳情を受ける権力の側で育つから社会矛盾や不遇な立場の人の問題は分からない。「国家百年の大計を考えられる」と世襲議員を弁護するが、権力の側で育った二世議員に「百年の大計」など考えられるはずはないのである。
 世襲議員の才覚は利権政治の裏を眺めて育って身に付けた世渡り術である。

利権構造が政治不信を増大する
 世襲議員が増える背景には、国会議員−都道府県議−市町村議というピラミッド型の利権構造がある。議員が急死すると後援会は利権構造を維持するために人生経験未熟な娘であろうが擁立する。世襲議員は政治家としての志や能力は低いのが一般である。世襲議員が増える構造が日本政治の停滞と不信の原因である。
 衆議院では三分の一の130人が世襲議員である。麻生内閣は17人中11人が二世三世議員である。「自民党をぶっ壊す」と叫んだ小泉氏は後継者としての次男の支持を涙声で訴えた。派遣労働と非正規雇用で大量の若者を路頭に放り出した元凶は構造改革を唱えた小泉純一郎であるのだ。

「職業選択の自由」の反論は「三百代言」
 世襲批判は「職業選択の自由」を奪うものだと反論する。これは「国際社会で名誉ある地位を占めるため」と強弁してイラクに自衛隊を派遣した「三百代言の論法」と同様である。憲法前文の「名誉ある地位」は「戦力不保持で恒久平和を決意する」を受けた文章である。
 職業選択の自由権は「不当な権力支配と闘って獲得した人類普遍の権利」であるのだ。「狡いやり方」で「権力側に与せんとする者」が口にすることではない。
 世襲批判は「狡いやり方」を指摘し批判する言論であるのだ。「世襲批判の世論」を形成するための言論である。そこの選挙民が「狡い候補者には投票しない世論」を形成する言論である。職業選択の自由権を否定しているのではない。
 「職業選択のやり方」が狡いと批判する言論である。世襲議員の増加が利権構造を温存継続させ政治の停滞と不信の原因になっていると指摘する言論であるのだ。職業選択の自由の反論はスジ違いの「三百代言」である。
 「官から民へ」「自由競争」「構造改革」と叫んだ小泉氏が「三百代言」の誹りを免れたければ「別の選挙区から出なさい」と次男に言うべきではないか。志あれば別の選挙区から立候補するべきである。
市民自治とは
(カテゴリー: 市民自治の意味
市民自治とは

 市民自治の意味についての質問があったので所見を述べます。

市民自治
「市民自治」とは「市民」が公共社会の主体であり公共社会を管理するために政府をつくるという意味です。
「市民自治」は「自治体学理論の規範概念」です。自治体学理論は「国家を統治主体と擬制する国家学理論」に対して「市民が政府を選出し制御し交代させる自治の主体であるのだ」と主張します。
すなわち、「国家統治の観念」に「市民自治の理念」を対置するのです。
自治体学は「国家」ではなく「市民」から発想して理論構成をします。
「市民自治」は規範概念でありますから、これを理解し納得するには「国家統治の観念」に対する「自身の所見」が不可欠です。それがなければ「市民自治」の概念認識は曖昧漠然になります。
 例えば、「自治とは自己統治のことである」と説明されています。この説明は「自治」が規範概念であることの意味を理解していないのです。「統治」は「統治支配する主体」と「統治支配される被治者」を前提にする観念です。「自治」の説明に「統治」の言葉を使うのは、「自治」を「統治」に対置した意味が「分かっていない」ということです。「現存していない自治」を「未来に向かって現出せん」とする規範概念の意味が理解できていないのです。

 市民自治の理論
市民自治の理論を要綱的に整理すれば次のとおりです。
(1) 市民は公共社会を管理するために政府(首長と議会)を選出して代表権限を信託する。信託は白紙委任ではない。政府の代表権限は信託された範囲内での権限である。
(2) 市民は政府の代表権限の運営を市民活動によって日常的に制御する。
住民投票は政府制御の一方式であって代表民主制度を否認するものではない。住民投票は政府の代表権限を正常な軌道に戻らせる市民の制御活動である。
(3) 市民は政府の代表権限の運営が信頼委託の範囲を著しく逸脱したときには信託解除権を発動する。信託解除権とは解職(リコール)または選挙である。
政府信託理論は「市民自治の政府理論」です。
夕張再生の自治体学
(カテゴリー: 政策提言
「夕張再生政策研究会」 2009年3月21日・ 北海学園大学7号館

夕張再生の自治体学
 自治体学による夕張再生の方策を提案します。
夕張が財政破綻した直後に報道されたNHKテレビの「財政破綻の夕張」の録画を昨夜見ました。前の後藤市長さんと退職前の幹部の方々が協議している場面です。  
財政再建計画のベテランということで夕張市役所に乗り込んできた道庁の財政に詳しい方が、「353億円の返済は夕張市として無理な話だ、そんなことはできるはずがない」言いきっていました。ところが、夕張市では、353億円を18年間で返済することが再建計画だとされています。
 総務省から来ている方が夕張再生室長をなさっていて、「黄色いハンカチ基金」という全国から集まった1億円を超える寄付金も管理しています。その基金をどう使うかの審査も再生室が事務局で実質的に掌握しています。
 二つ提案します。

1 夕張再生市民室
 再生室の(総務省の)考え方は「353億円を計画通りに返済することが夕張の再生である」です。しかしながら、夕張再生は夕張市民の生活が成り立つことが基本になくてはならない。市民生活が成り立たない返済優先の計画は「夕張再生の計画」ではないのです。 そこで「夕張再生とは如何なることか」を考えなくてはならない。これが第一の問題です。
 夕張再生室の実態は「債務償還管理室」ですから、名称を「夕張市債務償還管理室」に改めて、全国からの寄付金の1億円の管理とその使途を含めた所管は夕張再生を総括して考える「夕張再生市民室」を新設してそこが所管するべきです。
 夕張再生には市民と行政との協働が不可欠です。協働は信頼関係がなくてはならない。ところが、「市民と市議会」、「市民と市役所職員」との間には、長年の経緯による深い溝があります。だが、信頼を基にした協働がなければ夕張再生は不可能です。尊敬とまではいかなくても信頼に基づく連帯関係を創り出さなくてはならない。如何にして連帯を創り出すか。これが第二の問題です。

2 市民行政
 「市民行政」を提案します。
 市民行政とは市民が市役所に入って職員と一緒に夕張再生の仕事をすることです。
行政法学の方は「市民行政」という言葉に違和感をもつでありましょう。行政は行政職員(公務員)が行なうものだの観念に縛られているからです。国家統治学としての行政法学理論に捕らわれているからです。自治体学への転換が必要です。
自治体学は「行政概念」を転換します。
「行政概念を転換する」とは次のようなことです。
国家学の行政法学では「行政とは法の執行である」です。
自治体学では「行政は政策の実行である」です。
 政策とは課題と方策を組み合わせたものですから、政策の実行とは課題を解決することです。そして、夕張再生という未曾有の困難な課題を解決するには「市民と行政職員の協働」が必要です。国家学の行政法理論に縛られてはならないのです。
市民行政とは市民が行政を行うことです。
 「市民が行なう行政」を「そんなの有りか?」と驚くことはないのです。ここが発想の分岐点です。こう考えることが夕張再生の出発になるのです。 
 人間は言葉で論理を組み立てて解決方策を構想します。前例が有るとか無いとかの問題ではないのです。未曾有の困難な事態にある夕張です。市民自治の自治体学理論で事態を解決しなくてはなりません。
 市民行政とは行政執行に市民が関わることです。これまで、参加・参画・協働という言葉が言われました。どれも内容は同じです。
 市民行政を市民参加と言えば分りやすいでしょう。
 市民参加とは市民が政策立案、政策決定、政策執行、政策評価の各過程に関わることです。市民が当事者として実質的に関わることが市民参加です。
 既存の国家統治学の方は「そんなことありえないじゃないか!」と言います。だがしかし、人間の生きている意味は「理想を目指して現実をどう変えていくか」「そのために論理を如何に構築するか」であります。それが生きているという意味です。
 立案と執行に市民が参加する。これが最近よく言われる「市民と行政の協働」です。協働とは自己革新した主体の協力関係を意味する言葉です。主体双方が従来のあり方と考え方を改めることが前提の言葉です。
 夕張市役所に再生市民室を新設する。
 市民が市役所職員と協働して市民生活優先の夕張再生に取り組むのです。

3 市民議会
 もう一つの提案は、「市民議会」を創り出すことです。「市民議会」とは市民の手に議会を取り戻すことです。
 「市民と市議会」の間には深い溝が横たわっています。市民と議会の意志疎通は不信の壁で閉ざされているようです。市民と市議会の相互信頼は絶望的に見えます。
 福島県矢祭町では議員提案で議員報酬を日当制に改めました。町財政の危機を乗り越えるためです。それは矢祭町議員の方々が「わが町への愛情」を抱いているからです。
 財政破綻した夕張の議員の方々は矢祭町議員の行動をどのように見ているのでしょうか。あるいはまた、市議会が「夕張再生の道筋」を市民と話しあう場を設けることがあってよいのではないか。
 夕張市議会にこそ再生計画が必要です。再生計画案は前回 ( 2009年2月15日) の公開研究会で提案をしたので省略します。
地域医療ー北海道自治土曜講座
(カテゴリー: 北海道自治土曜講座
地域医療を考える―北海道自治土曜講座  2009-6-6 

 医師偏在による医師不足が深刻な事態となり、公立病院・診療所の閉鎖が相継ぎ、地域医療は危機的状況にある。救急患者の救急診療が受け入れられずに死亡する事態すら生じている。日本列島は医療崩壊であると報じられている。
 医師の地域偏在・診療科目の偏在は何処に原因があるのか。
 2004年からの新臨床研修制度によって生じたと言われている。医師偏在の主要原因は法制度の不備による自由開業・自由診療にあると指摘されている。
 如何にして地域医療の危機を打開するか。厚労省の法制度是正、道庁の地域医療整備をただ待っているだけでは目前の事態は解決しない。
 住民自身が、役場・市役所任せにしないで考えなくてはならない。
病院・診療所の勤務医は超過密日程で人間的な生活ができないでいる。医師の人権が守れなくて地域医療は成り立たない。開業医と勤務医の連携、地域間連携を考えなくてはならない。
 ・そもそも地域医療とは何であるのか、
 ・地域医療の重要問題は何か。
 ・開業医と勤務医との連携を如何にして可能とするか。
 ・診療所と専門病院との連携を如何にして実現するか。
 ・地域と地域の医療連携を創出する条件は何か。

午 前  実践報告 (問題の所在)
10:00−11:15 地域医療とは何か ― 
高年齢者も安心して暮らせるまち
            村 上 智 彦 (夕張希望の杜理事長)
11:15−12:00 奈井江町の地域連携・医師連携
―医療・保健・福祉のまちづくり― 
            小 澤 敏 博 (奈井江町立病院事務長)
12:00−13:00
午 後  
13:00−13:30 論点提起 田村裕昭(勤医協中央病院院長)
13:30−15:45 討  論
討論者  北 良治(奈井江町長)
             田村裕昭(勤医協中央病院院長)
             永森克志 (夕張医療センター・医師)
             菊澤 敦(北海道庁医師確保推進室長) 
       司会   森 啓(土曜講座実行委員長)
15:45−16:30
        総括討論 
             医師 村上智彦
             行政
             市民 

自治体学理論と小規模町村の将来像
(カテゴリー: 自治体学理論
「自治体学理論と小規模町村の将来像」

 「小規模町村は『特別町村』になってしまうのか」と題する公開フォーラムが札幌市内で開催された。 多くの人が参集した。 感想を記す。

1 討論を最後まで全て聴いたのだが、「フォーラム開催の意図」が判然としなかった。関西学院大学のK氏は昨今の市町村合併で総務省の代弁者として活躍したのは周知のことである。その人物を基調講演者として迎えたのはなぜなのか。また、総務省市町村課の理事官をパネリストとして壇上に招いたのはなぜか。
 公開形式でこのようなフォーラムを開催した主催者の意図が判然としなかった。

2 推察をすれば、主催者には現状のままで事態が推移すれば、「小規模町村は消されてしまう」「自治体でなくなってしまう」との危惧と危機感があってのフォーラム開催であろう。つまり、総務省に顔の利くK氏を「基調講演者」「パネル討論の助言者」と遇して迎え、さらに総務省理事官をパネリストとして壇上に迎えたのは、「主催者メンバーの考え」が「総務省に届く」ことを念願してのことであろうか。  よもや、K氏や総務省理事官から「小規模町村の自治権を守る方策」を教わりたいと考えてのことではあるまい。

3  しかしながら、公開フォーラム開催者には参集者に対する責任がある。
 参集者は「このフォーラム」を聴きに行けば、「如何にすれば小規模町村の自治権を守ることができるのか」「総務省の地方支配から脱する方途は何であるのか」「中央官僚の集権官治の体質的意図を如何にすればハネ返せるのか」を「聴いて考える」ことができると思って参集するのである。
 「フォーラムのタイトル」は「小規模町村は『特別町村』になってしまうのか」である。
 総務省代弁者や省庁官僚が「基調講演者」「助言者」として発言をするが、その発言に「質問や批判的所見や反論」の発言者は用意されていない。
 参集者は「何のためのフォーラムなのか」と戸惑ったのではあるまいか。 
 参集者を「ダシ」にしてはならない。何事も羊頭狗肉は宜しくない。「主催者の思い」を「総務省に届ける」ためならば、それなりの方法が他にあるであろう。

4 基調講演の内容は「何を喋っているのか」が分からない意味不明なものであった。本人自身も「何を喋っているのか」が分かっていない風情であった。そのような「独り言」も発していた。総務省理事官は「地方制度調査会に諮問はしたが総務省には小規模町村制度について何の意図ももってはおりません」と述べた。省の意図をおくびにも出さない典型的な官僚の言い方であった。
 フォーラムならば「論点提起」「意見交流」「批判的反論」がプログラム構成として用意されていなければならない。「自治体たらんと苦闘する町村」にとっては、総務省は「地方支配の制度維持」を続けている省庁である。主催者にその認識がまことに希薄である。
 今次の「市町村合併促進」「交付税減額」「三位一体改革の虚言」を意図的に忘れた「政策提言」という名目の「嘆願フォーラム」の如くに思えた。

5 おそらく、「小規模町村の運命は総務省が握っている」「これは如何ともならないのだ」との諦観が心底にあるのではあるまいか。それは「領主様に上訴・嘆願する心底」と大差はない。
 自治体理論は「統治支配」に「市民自治」を対置して「自治体改革の展望」切り拓くのである。
 よく言われることであるが、「対案を出さなくては」「反対するだけではダメだ」との言い方がある。だが、その言い方をする者には「自身の覚悟」「規範的決断」は不在である。何事も現状に抗するには「覚悟と抵抗」が不可欠である。
 対案を出せば「特別町村」も「少しは良いものになるのでは」と考えるのは、総務省の正体を洞察しない思考である。

6 「合併問題」も「小規模町村の将来」も、肝心カナメなことは「地域の自治力」である。「嘆願のような提案」よりも、地域と役場での「自治学習の実践」である。総務省職員を壇上に「講師として迎える」よりも「地域での草の根学習の実践」である。「自治学習」が地域で困難だから「省庁への提案フォーラム」をと考えたのであろうが、「公開フォーラムの主催者」には、参集者が「何を思って帰途につくか」を重要に考える責務がある。
 「嘆願フォーラムのダシ」では参加者の心は熱くならない。

夕張再生への政策提言
(カテゴリー: 政策提言
夕張再生への政策提言 (討論集約)     2009-2-15

A 問題の所在
1「夕張再生の主体」
 夕張再生の主体は夕張市民でなければならない。ところが、現状は総務省職員が室長である「夕張再生室」が一切を取り仕切っている。「全国からの寄付金」の管理も「様々な再生提案」も「再生室長」が握っている。市長は「財政再建計画」で縛られ政策主導は限定されている。
 市民は傍観者であり市議会は旧態依然である。

2 「再生の意味」
 総務省と道庁は「353億円を18年間で償還すること」が「夕張の再生である」と考えている。「財政再建計画」の実行が「夕張の再生」であるとされている。
 しかしながら、「市民生活が成り立つ」ことが「夕張再生の基本」にならなくてはなるまい。
 夕張の現状は、市民生活に不可欠な施設の運営が指定管理者の返上で困難になり、老朽施設が修繕できずに崩落する状況が続き、人口は2006年6月13,165人が2008年4月11,998人へと、市外への人口流失が続いている。
 夕張再生は「夕張市民の生活が成り立つ」ことが基本である。

B 夕張再生への提案
1 再生市民室の設置
「再生市民室」を新設して「全国からの寄付金」と「様々な再生提案」に対応する。
 現在の「再生室」の任務は「債務償還管理室」であるから名称もそのように改める。
 新設する「再生市民室」には、市民が「市民行政職員」として参画する。それが、市役所を「お役所」から「市民の自治機構」へと創造的に転換させることになる。
 夕張再生の道筋は「夕張市民」と「市役所職員」との相互信頼が基軸である。

2市民議会 ― 議会を市民の手に取り戻す
 夕張市民の「市議会への不信と批判」は深刻である。
 「市民の自治機構」としての議会への改革が不可欠である。それにはまず、議会の開催を「休日と夕刻」に改めて「普通の市民」が議員を務めることが可能な議会にすることである。

3 債務総額の調整 − 国と道庁の分担
 「353億円とその利子」を「18年で返済する」ことは「夕張再生計画」と両立しない。
 返済は不可能である。
 そもそも、353億円の債務額は、北海道庁が「みずほ銀行などの債権者」に全額一括立替返済をして確定した債務額である。
 経済社会の通常では、返済不能となった「不良債権」の処理は、債権者会議の場で「何割かの債権放棄と返済保証」の「債務調整の協議」がなされる。それが現代社会の知恵である。
 北海道庁の「役回り」は「そのような協議の場」を設けることではなかったか。一括立て替え返済は「不良債権を貸し付けた金融機関」を庇護するやり方である。
 北海道庁は「債権・債務の破綻」において「どちらの側」の利益擁護者であるのか。
 そしてまた、債務額の増大は「内需拡大政策」に原因がある。すなわち各省庁が「後日に返済を肩代わりするから」などの言い方で借金財政を促進させた結果である。
 さらにまた、起債許可権を持つ総務省と北海道庁は起債許可時に「財政破綻を承知していた」のであるから、国と北海道庁に責任なしとは言えないであろう。
 人口減少が進行し続けている夕張市民には「353億円とその利子」を「18年で返済する」ことは不可能である。
 夕張の市民生活の再生には「353億円の債務額調整」が必要である。

4 職員の待遇改善
 夕張市職員の給料は期末手当を合算するとほぼ四割削減された。全国最低である。そして他方では、業務負担が増大して心身共に疲労し退職者が続いている。
 これまで、総務省は公務員給与の均衡を理由に全国の自治体給与に干渉してきた。しかるに今、総務省管理下で実質強制によって給料格差を生じさせているのである。
 極端に低下させた市職員の待遇を戻すべきである。

5 希望の杜・夕張診療所との提携
 老齢者が増えていく夕張である。
夕張再生の方向は「健やかに楽しく高齢者が暮らせる夕張」の実現である。
 医療と福祉と保健が一体になった夕張が未来像である。
 それには「希望の杜・夕張診療所」と「市民・市役所」との信頼提携が不可欠である。
夕張再生ー政策提言公開討論会
(カテゴリー: 政策提言
政策提言公開討論会
  「夕張再生を如何にして実現するか」を開催する。

     日 時 2009年2月15日(日) 13時~16時
     会 場 北海学園大学4号館10階第3会議室
     主 催 NPO法人自治体政策研究所

討論
1  夕張市の現状況は
2  夕張再生の主体は 
3  夕張再生の道筋は
4  市民と市行政との信頼関係を如何にして構築するか
5  市議会と議員に対する市民の信頼は −市民議会の実現
6  夕張市役所内に「再生市民室」を設置するー市民参画
7  債務総額353億の検証―北海道庁と中央省庁にも責任あり

討論参加者
    市民
    学者
    研究者 
    企業経営者
    弁護士
    民主団体役員

司   会  自治体政策研究所
現状報告  夕張市長

 討論によって夕張再生の提言をまとめる                

連絡先 札幌市中央区北4条7丁目5番地緑苑第2ビル410号 自治体政策研究所
          
第11回・全国文化の見えるまちづくりフォーラムの開催趣旨
(カテゴリー: 自治体の文化戦略
第11回「全国文化の見えるまちづくりフォーラム」開催趣旨

 このフォーラムは、市民、文化団体、芸術芸能家、学者研究者、行政職員が一堂に会して「文化の視点」で地域社会のあり様を問い直し「住んで誇りに思えるまち」を創出する政策討論の場である。第一回は1991年に徳島で開催した。
 文化行政は1973年、大阪の黒田了一知事が設置した大阪文化振興研究会の政策提言から始まった。爾来、まちづくりの政策潮流となって全国に広がり、それまで皆無であった文化会館が全国各地に建設された。
 自治体独自の「文化アセスメント」や「文化1%システム」などの制度開発もなされた。今ふり返れば、文化行政は当時の急激な工業的都市開発への反省でもあった。
 そして今、財政が窮迫し「指定管理者制度」という名目の「文化の民間委託」が流行している。
 しかしながら、文化行政が始まったころもオイルショックで財政は窮迫していたのである。文化行政は金がないから知恵を出したのである。
 文化行政は一過性の「流行」であるのか、それとも「住んで誇りに思えるまち」の創出をめざす「長期戦略」であるのか。その論議が必要である。

 三つの分科会で検証討論を行う。
1 「文化のまちづくりの主体」 
 ・行政職員と文化団体と市民の相互信頼は如何にして可能か
 ・信頼関係の構築には主体双方の自己革新が必要であるが、
  それは可能か
 ・信頼関係を阻む要因は何か、主体の変革は如何にして為さ
  れるか 

2 「文化景観の保存と再生」
 ・歴史景観の修景美化の実践と評価、
 ・みどりと水辺の風景保全の実践と評価
 ・地域の誇りとしての伝統文化の再生と評価

3 「検証・文化の民間委託」
 ・文化ホールは「文化の見えるまちづくりの拠点」としての役割
  を果たしているであろうか。
 ・「指定管理者制度」は「文化ホールの設置目的」に適合する
  か。
 ・「文化の見えるまちづくり」と「文化の企業委託」とは矛盾しな
  いのか。

  2009年8月27日~28日
  大阪・池田市で開催予定
書評・新自治体学入門
(カテゴリー: 研究ノート・書評
木村修さん (映像プロダクション・マブイシネコープ) が「新自治体学入門」の紹介文を書いて下さったので転記する。

  森啓著『新自治体学入門―市民力と職員力』時事通信社

 著者森啓さんは、冒頭こう切り出している。「本書は『自治体学』の概念を『国家学』との対比で定義し、自治体理論の基礎概念を吟味して『市民自治』の意味を確定した」と。
多くの読者が、私同様、『自治体学』という概念に本書で初めて出会うことだろう。それもそのはず、今日全国幾百の大学で「専門科目として開講しているのは北海学園大学法学部のみ」であるとも付言されている。
 ところで、前記の「『市民自治』の意味を確定する云々」とは、一体いかなる実践的要請にもとづき何を求めての論及なのか。しかし、運動の現場から地方議会と自治体行政のありように向かい合って本書を開けば、読者に大きな視界と、運動の深い基礎となる理論的正当性を与えてくれる。
 以下、私の経験の一端から本書の相貌を紹介する。
 1998年11月18日、神戸市議会は「神戸空港の建設の是非を問う住民投票条例案」(この直接請求署名は市長の得票数を大きく上回り、有権者の3分の1をも越えていた)を”悠々”と賛成少数で否決した。
 主権者市民の直接的主権行使を儀式化された”討論”で否決・圧殺して、その責任が問われることのないこの国の「民主主義」システムは怒りを通り越して不思議でさえあった。こうした主権者市民の決定過程への参加を徹底して忌避・嫌悪しながら「議会制民主主義」とされている現行システムを私たちはどのように意識したらいいのだろうか。
 にもかかわらず、90年代から直接請求運動は国会・政党・大労働組合から自立して全国津々浦々に広がり、04年の大阪市以来26自治体に連続する無防備地域宣言運動もこの新しい波を一段と高くしている。
 ところで、こうした市民の自立した運動の足跡はどのような歴史的意味と必然的根拠を持っているのか。しかもその多くの場合、発言する市民各層が「議会による否決」の壁を重々承知しつつその彼方に視界を広げて立ち上がっているとすれば、この歴史的社会的意味の理論化は間違いなく日本の民主主義の将来を拓く課題である。
 本書の意義は、こうして意識化されないままに来た主権者の直接的主権行使と、国家から自立した自治体の根本的性格の領域を「自治体学」と冠して私たちの批判的・発展的考察の対象にし、そこから「人権・主権・自治」の領域を自立的に考察検証する回転軸を与えてくれているところにある。
 今、日本の市民運動・住民運動は政党や大労働組合の思考停滞のはるか前方を自力で進んでいる。
本書は「自治体学の概念」(第1章)、に始まり、「代表民主制と住民投票」(第6章)に私たちを誘う。「あとがき」には、「自治体学理論は民主主義を実質化し定着させる理論である」との結語が光る。どのページからでも、読者が思うページをまず開いてみることをお勧めする。
市民自治の論点
(カテゴリー: 市民自治の意味
市民自治の論点
 
1 選挙は、政治主体である市民が代表者を選出して代表権限を信託する民主政治の基本原則である。しかるに、選挙の翌日に市民は「陳情し請願する立場」に逆転する。何故であろうか。「選出された側」が「当選すればこっちのもの」と考えるからであろうか。選挙とは「白紙委任」のお任せであるのか、「信頼委託」の基本契約であるのか。
 あるいはまた、当選した首長や議員が、市民多数の声に(選挙で獲得した投票数よりも多い署名数に)反する行動をとるときがある。
 何故、そのようなことがあり得るのか。市民は次の選挙まで忍従しなければならないのであろうか。効果的な対応策はないものか。  

2 2005年の市町村合併のとき、「住民の声を聞いてからにせよ」と住民投票条例の制定を求める署名運動が全国各地に起きた。その時も、九割を超える地域の首長と議会は「その必要なし」として「住民投票条例の制定請求」を否決した。
 しかしながら、合併は住民自治の区域変更である。地域社会の重大事であるのだから、四年任期で代表権限を託された首長と議員だけで決めることではない。
 しかるになぜ、そのようなことが実際に罷り通っているのであろうか。これをどう考えればよいのか。どうすれば良いのか

3 地方自治法は自治体の上位法であるのか。
 「地方分権」は世界の潮流である。工業文明国はどこの国も「分権型社会」への転換をめざしている。
 日本も、明治以来の「機関委任制度」を廃止した。「通達制度」も廃止した。既存の通達も失効したのである。
 「国と地方」は「上下の関係」「支配従属の関係」ではなくなった。「対等・協力」の中央政府と地方政府の関係になったのである。だが、長年の惰性的思考から抜け出せない人が多い。その人々の制度無知につけこみ、「国の法令に反することはできない」と言明する人もいる。継続を画策する狡猾な者もいる。
 「市民自治」とは具体的には如何なることであるのか。

4 アイゼンハワー大統領が退任演説で警告した「軍産複合体制」が止め処なく進行して、アメリカは「戦争がなければ経済が成り立たない戦争国家」になっている。日本でも軍事と産業と政治の融合が進行し汚職が頻発している。戦争は莫大な利益に繋がるからである。アメリカは日本への「年次要求書」で「戦争のできる憲法」「アフガニスタンでの参戦」を強く求めている。
 だがしかし、「平和」は「軍備」と両立しない。軍事力を保有して平和を唱えるのは虚言である。「抑止力」の言い方も欺瞞の論理である。
 「無防備平和」は市民の自治力で確保するのである。
岩国市民は「市民の自治力」で「軍事基地化」に対抗した。

岩国市民の実践に学ぶべきことは多いので、対論によって論点を解明する。
 対論・「市民自治」
   日 時   2009年2月3日(火) 18時―21時
   会 場   かでる ホール  10階 (1040号室) 
  討 論    ・井原勝介 (草莽塾代表、前岩国市長)
          ・森  啓 (自治体政策研究所理事長) 
1 市民と首長・議会の関係
・市民は選挙の翌日に陳情の立場に逆転するのはどうしてか
・選挙は白紙委任か−(当選すれば身勝手に行動してよいのか)
・「首長と議会の権限」と「市民参政の権利」の関係
・選挙が終われば市民は傍観するだけなのか
・市民参加はお題目なのか、リップサービスなのか。
・首長と議員の権限逸脱を制御する方法
・常設型・住民投票制度の可能性
2 省庁と自治体の関係
・自治体の政策自立 ―自治体は省庁政策の下請団体なのか
・地方自治法は自治体の上位法なのか
・自治体は国の法令に反することはできないか 
・自治体立法権、自治体行政権、自治体の国法解釈権 の意味
・市民自治基本条例の意味
3 無防備平和の意味
・無防備で平和が守れるのか
・抑止力という論理の欺瞞性   
・軍隊は国民を守らない 
・戦争は市民を殺傷する    
・基地も軍隊もないまちをつくる主体は誰か、方法は何か
・常設型住民投票条例の可能性


無防備平和
(カテゴリー: 無防備地域宣言
無防備平和とは
 
「軍事力」を保有し「平和」を唱えるは虚言なり。
「軍備」と「平和」は両立しない。
「抑止力」なる言説も欺瞞である。
されど、手を拱いて平和を希うのではない。
市民自治の実践行動で「軍隊なき日本社会」を実現するのである。
人間存在の意味は「深く考え理想をめざし行動する」ことにある。

無防備平和と自治体学
(カテゴリー: 無防備地域宣言
無防備平和と自治体学

市民自治の実践          
 中央では白昼堂々と「集団的自衛権」を論じている。集団的自衛権とは「同盟国アメリカ」が戦争を開始すれば「自衛名目で参戦する」ための論拠である。「イラクの空輸」「インド洋上の給油」は「戦争加担の既成事実」である。ソマリア沖海賊名目の護衛艦派遣は海外派兵の既成事実つくりである。アフガン派兵も画策されている。これらは憲法違反の逸脱行為である。 さらには「戦争協力法」を「国民保護法」と言い換えて、自衛隊主導の「住民避難計画」を市町村に作成させているのである。これらは「戦争への心の動員」である。自衛隊主導の避難計画は危険そのものである。軍隊は民衆を守らない。軍隊が守るのは支配体制・権力機構である。国家とは支配体制・権力機構のことであるのだ。
 現在日本の差し迫った危険は「アメリカの戦争に巻き込まれる」である。安倍内閣は「国民投票法」を強行採決した。その狙いが憲法九条にあるは明白である。「九条二項の改廃」はアメリカの要求であるのだ。
 「憲法を守れ」と叫ぶだけでは、中央政府の「戦争加担の策動」を止めることはできない。止めるのは「市民の実践行動」である。市民の実践行動とは無防備平和条例を自治体基本条例として制定することである。署名はそのためである。

憲法への意思
 「攻めてきたらどうするのか」の問いがある。
この問いへの返答は「貴方は憲法をどう考えているのか」である。
「広島と長崎」「全国焼け野原」になったとき、誓った「平和への意志」が「戦力不保持・交戦権否認の憲法」であるのだ。憲法を他人事のように考え憲法を蔑ろにするのは「無知」であり「不勉強」である。
 一体、何処の国が攻めてくるというのか。「仮想敵国」「戸締り」「国家防衛」を声高に唱える者の正体を見抜くことである。誰が如何なる意図で叫んでいるのか。「軍産複合体制」はアメリカだけではない。「軍需産業と政治の利権」が背後にあるのだ。第一次大戦では「死の商人」と呼ばれた。現代は「戦争企業」である。某国副大統領の周辺を眺めれば歴然である。莫大な戦争利権に群がる者に騙されてはならない。 
 「無防備で平和は守れない」の意見もある。だが無防備の「無」は「無力の無」ではない。「無限の力」「限りなき平和への意思」である。ガンジーの「非暴力」の「非」と同じである。古来、自衛を口実にしなかった戦争はない。戦力保持が戦争への階段であるのだ。

「自衛権」は市民の権利
 「国土防衛は国家の権限である」との言い方は「欺瞞の論理」である。
「自衛権」は本来、市民一人ひとりの権利であるのだ。政府の防衛権限は市民が信託した権限である。
信託した防衛権限の逸脱を制御するために、無防備宣言地域を全国各地に現出するのである。全国を無防備地域にして「防衛権限」を取り戻すのである。
 そのための署名である。この署名は政府を制御するためである。政府の言いなりにならないための署名である。「憲法を守れ」と叫ぶだけでは憲法は守れない。
 
 防衛権限の主体は「国家」ではない「政府」である。「国家」は「政府責任」を曖昧に紛らわす「カラクリの言葉」である。「市民」の上に「国家」が覆い被さって存在するのではない。市民が政府を選出し政府を制御するのである。国民を国家の一要素とする国家論 (領土・国民・統治権)の説に騙されてはならない。為政者・官僚は「国家」を隠れ蓑にするのだ。
 「国家統治権」は明治憲法の理論であったのだ。そのとき人々は絶対服従の臣民であった。民主主義の理論は「市民自治」である。
 「国家統治の国家学」から「市民自治の自治体学」への理論転換である。市民の理論力・認識力が重要なのだ。 「市民自治」とは「市民が政府を選出し制御し交代させる」の意味である。

無防備平和条例と議会
(カテゴリー: 無防備地域宣言
 無防備平和条例と議会

市民投票に付すべきである
 全国各地で無防備署名はすべて成功した。全てが法定数を超えた。だが、議会が全てを否決した。なぜであるか。
 札幌では、法定数を一万筆上回る署名による条例制定の請求であった。四万一千筆のこの署名は、限定された条件の中で街頭に立って30日間で集めたものである。186万人の市民投票であったならば、署名に応じた市民の共感を勘案すれば、百万人を超える市民が賛成したであろう。
 市民連署による基本条例の制定請求を首長と議会の判断で否決してはならない。市民投票に付すべきである。基本条例は自治体の最高規範条例である。制定目的は「代表権限の制御」である。国の憲法と同様である。制定主体は市民である。名宛人は「首長と議員」である。
 無防備平和条例は「未来永劫平和な地域であることを国際社会に宣言する条例である。自治体の基本方向を定める基本条例である。市民投票によって制定するべきである。
 
不信の代名詞の地方議会
 「地方議会」は「不信」の代名詞である。議会ほど信用されていないものはないと言われている。不透明で議会運営が旧態以前だからである。誠実で信頼を得ている議員もいるが稀有である。新人議員が最初に驚くのが「会派」である。そして困惑するのが「会派の拘束」である。
 「会派」とは何か。議長、副議長、常任委員長などの役職配分を得るための「集まり」である。利害得失で離合集散するのが会派である。「政策会派」は名ばかりで、実態は便宜と利害の集まりである。会派による議会運営が議会を歪めているのである。だが、会派決定に反発すれば情報砂漠に陥れられ「自分だけが知らなかった」という悲惨な憂き目にされる。密室取引に習熟した会派ボスが情報を握っているからである。
 
因循姑息の議会慣例
 しかしそうではあっても、市民から信託されて議員になったのである。「会派の決定」を「自己の所信」の上位に置くのは市民へ背信である。所信に反する行動を続けていれば、それが痛苦でなくなって普通の議員になる。そして次第に市民感覚を失い議員特有の思考に堕落する。札幌市議会では、無防備条例に賛同して署名を集めた議員も議会審議で発言せず否決に加わった。議員を励まし堕落を止めるのは「市民の自治力」である。
 自治体は二元代表制度である。首長と議会は機関対立である。自治体議会に「与党会派・野党会派」はあり得ない。あってはならないのである。議会全体が執行部と向かい合う制度である。しかるに「与党会派・野党会派」の「議員行動」が存在する。存在するのは「制度無智」と「有権者不在」の議会運営だからである。 
 与党会派だからと「質問せず」「原案賛成」の議員行動は有権者への背信である。オール与党の「馴合い議会」は議会の自殺行為である。それらが罷り通っているのは議会運営が不透明で市民制御が作動しないからである。
 諸悪の根源は因循姑息の議会慣例である。先例・慣例が議会不信の根源である。自治体基本条例の制定目的は議会運営を改めるためである。

無防備平和署名と吾々の側の問題
(カテゴリー: 無防備地域宣言
無防備平和署名と吾々の側の問題 
―理論的思考力―

1 吾々の側にも問題があるのではないか。
 「国の法令に反する条例はつくれない」と市長が言ったそのとき、「何を言うか」「それで自治体の首長なのか」と反駁する「理論的思考力」が吾々の側に存在したであろうか。市議会がさしたる論議もせずに否決したとき「怒りの感情」に加えて「論理的批判を共有」したであろうか。
 「国防権限は国家にあるのだ」「国の法律に自治体は逆らえない」「地方自治体が戦争に反対しても無理だ」と、省庁官僚と市長と議員が口を揃えて言ったとき、感情としては反発するけれども何処かにアキラメのようなものがありはしなかったか。それは吾々の側の「理論的思考力」が微弱だからである。
 あるいはまた、無防備平和条例が議会で次々と否決されるので、「議会の否決なぞは気にしなくてよい」「署名に意味があるのだ」と励まし合った。それは「署名を集めても意味がないのでは」と弱気になることを慮っての言い方であった。 
 しかしながら、議会を通過させなければ無防備地域宣言は実現しない。「議会の否決」を「致し方のないこと」と思ってはならない、言ってはならないのだ。「思い」「言う」そのことが自身の思考の深層で「批判的思考力」を衰弱させるのである。

2 批判的思考力
 人間は理性の存在である。不可能に思える困難に立ち向かうのは正当性の確信である。理論的正当性の確信が「市民自治の社会」を創り出すのである。
 革命的言辞を操る前衛のリーダーが実は「保守そのものであった」の実例がある。それはそのリーダーが「そうは言っても現実は」と自身の深層に刻印していたからである。
 現在の日本では、殆ど全ての議員が「国の法令に反する条例は制定できないのでは」「国の防衛政策に反対できないのでは」「防衛は国家の問題だから」と思っているのではあるまいか。それは「市民自治の理論力」が未熟だからである。「パスカルの思考」の未熟さである。
 長い間、日本は内務官僚が支配した。「国家」を隠れ蓑にする「官僚の統治思想」が行政職員にも地方議員にも根強く残存しているのである。吾々の側にも権力従属の「保身と利己」の心が潜んでいる。大切なのは「自分の考え」である。自分自身の意見・見解・所見である。「批判的思考力」である。思考力を高めるには道具が必要である。思考の道具は言葉・概念・用語である。

3 「防衛権限」は市民が信託した権限なのだ
 政治・行政の用語に無色中立の言葉はない。全ての用語に「歴史」があり「経緯」があり「利害と価値意識」が浸み込んでいる。内務省感覚が染み込んだ行政用語・議会用語を今も使っているのである。「傍聴人取締規則」が存在している議会もある。
 言葉に浸み込んだ「統治秩序・権威感覚・従属意識」が思考の方向を定めているのである。統治支配の側の「狡猾な言葉」に騙されてはならない。使ってはならないのである。 
 「国家」は「政府責任」を巧妙にはぐらかす言葉であるのだ。
 例えば、イラクで三人の日本人が拘束されたときである。アルジャジーラ放送が伝えた「現地の声明」は、「日本の人々には友情すら抱いているが、貴方がたの政府のリーダーはブッシュと手を組んで軍隊をイラクに出動させた。三日以内に撤退を始めなければ、拘束した三人を焼き殺す」であった。 
 日本のテレビ各局は「アルジャジーラ放送」をそのまま報道した。肉親家族はもとより日本の人々は大いに驚愕した。ところが、翌朝の新聞・テレビは、「貴方がたの政府のリーダーは」の部分を「貴方がたの国は」と「見事に足並みそろえて」改竄した。「誰がそれをさせたのか」。「国家」では「ブッシュと手を組む小泉首相の責任」が見えなくなるではないか。そのための改竄である。
 同様に、防衛権限は「国家の権限」ではない「政府の権限」である。そしてその「政府の防衛権限」は市民が信託した権限なのだ。「自衛の権利」は一人ひとりの市民固有の権利である。「市民の自衛権」を政府に信託したから政府が防衛権限を保有するのである。無防備署名は「信託した防衛権限」を制御する市民自治の実践行動であるのだ。
 無防備平和条例を全国各地で制定して中央政府の「戦争加担の策動」を「ひっくり返す」のである。それが「信託解除権」を発動する市民自治の実践であるのだ。「市民自治」とは「市民が政府を選出し制御し交代させる」の意味である。吾々の批判的思考力を強靭にしなければならない。
 「国家統治の国家学理論」を払拭し「市民自治の自治体学理論」で「理論的思考力」を高めるのである。 

自治体学シンポジュウム
(カテゴリー: 自治体学とシンポジュウム
自治体学シンポジュウム (2008年9月6日)

北海道自治体学会「政策シンポジュウム」が恵庭市で開催された。
当日の感想を記す。

1 片山講師(前・鳥取県知事)の記念講演「生活習慣病としての自治体」の話はとても良かった。 話は良かったのだが、少しく気になった。
・ 現在の日本で「教育」が一番重要であると指摘して「先生方が事務処理に時間をとられているので事務員を配置した」と知事時代の体験を話された。
だが、現在の学校の「職員会議」は「教師が自由に討論する場」でなくなっている。「職員会議は伝達の場であるのだ」との「文部省―教育委員会のお達し」が徹底して、教師が自由に教育を語り合えなくなっている。教師に自由闊達の精神が無くなったのでは「良い教育」ができないであろう。
「教育が一番重要だ」とする片山講師はこれらをどう考えているのであろうか。

・後期高齢者医療制度について、厚労省の役人に「高齢者医療制度」は市町村の管掌でなく府県の管掌にするべきだと話した、と知事時代の体験話をされた。
65歳以上を切り離した医療制度にするのは、「嵩む高齢者医療費」を「本人負担分を引上げ」「診療抑制をさせるためだ」「高年齢者の切り捨てだ」との批判がある。
片山講師は「後期高齢者医療制度」それ自体については「問題はない」と考えているのであろうか。

・ 日本社会の格差について言及したとき「ある程度の格差はしようがないのですよ」と言われた。その言い方に「問題はない」のだが、働く人の三分の一が年収二百万円以下で、不安定な非正規雇用で、将来に希望なく絶望の日々を過ごし、年三万人の自殺者が十年続いていることに、言及しないのはなぜであろうか、と気になった。
 そして、チョムスキーさんが「アメリカの体制派知識人は肝心なことには言及しない」と語っていたのを想起した。(討論のための質問票に疑問を書いて提出したが、時間の関係もあってのことか、司会者に選択されなかった)

2  中島講師(恵庭市長)の話も良かった。
  前段の話は(何回か聞いた話であるが)自信に満ちていた。
だがその直後の「片山・中島のトーク」のコーナーでは自信のない語り口でその落差に驚いた。会場に市議会議員が居ようが居まいが「所見を述べるのが役割」であるのだが、と思った。

自治体職員の政策研究
(カテゴリー: 自治体職員の政策研究
  自治体職員の政策研究    

八十年代に自治体職員の政策研究活動が潮流となって全国に広がった。
自治体学会設立の機運を醸成したのは自治体職員の政策研究であつた。

研究活動の難しさ
・残業などで集まり難い。
・テーマが抽象的になってしまって定まらない。
・人事異動でメンバーが脱けていく。
・研究手法が分からない。
・「だべり会・グチリ会・飲み会」になってしまう。

グループ結成
・グループ結成の「きっかけ」や「動機」はさまざま。
・講演会やシンポジュウムに一緒に出席したのがきっかけになる。
・メンバーは男性だけ女性だけでなく、年令も様々が良い 
・自治体職員ばかりでなく市民、研究者も入っていると有益。

研究テーマ
・「何かをやってみたい」のだが具体性のあるテーマが見つけられない。
・関心がそれぞれ異なるので意見が一致しない。
・「研究テーマ」を見つけるには「共通の体験」が重要。
例えば「シンポジュウムに揃って出席する」「休日に街を歩く」。
・テーマを決めるまでのプロセスが「研究活動」である。
・安易に抽象的なテーマに決めない。

研究手法
 ・書かれたものを読むよりも、全員で「現場」に出かけて自身の目で眺めて考える。
・政策研究とは「地域社会の現場」で問題を発見し「行政の現場」で解決方策を開発する営みである。
・自治体職員の強みは「行政の現場」と「地域社会の現場」」に直接つながっていること。
 ・テーマに即した「聴き取り手法」を編み出す。
・集団の利点を活かした分担調査。
・見たこと訊いたことをもとに「何が問題であるか」を討論する
・問題が見えれば解決方向も具体性が出てくる。
・助言者は大切だが、政策研究に教師はいない。

研究成果のまとめ
 ・一定の段階で「研究成果をまとめる」ことが大切。
・喋り合うのは楽しいが文章にまとめるのは楽でない。
・苦しい思いをした後に喜びがやってくる。
・「分担執筆か」「特定の者が書くか」は、一概にどちらが良いと言えない。
・第一原稿は全員で分担執筆する。
 ・印刷物にする。写真も図も入れる。
 ・「印刷物」にすれば他のグループとの交流に発展する。

研究成果の発表
 ・「発表の場」を工夫してつくる。
・研究成果を行政施策に反映させる仕掛けを考える。
・自治体職員には「演出力」「営業力」の才覚が必要。
 ・仕掛け人、音頭取り、コーディネーターにならなければ「まちづくり」はできない。
 ・市民との信頼関係の構築が基本。

異種交流
・人のネットワークを豊富に。
・「シンポジュウム」や「自治体学会」などに出て知り合う。
・立場の異なる人々と交流し問題意識を触発し合う。
・法律規則重視の「地方公務員」から「まちづくりの事務局職員」への自己革新。

代表民主制を担保する制度
(カテゴリー: 自治体学理論
 代表民主制を担保する制度

 2005年の市町村合併をめぐって「住民投票条例の制定を求める署名運動」が全国各地に起きた。これは何を意味したのであろうか。
 時代を遡って考察するならば、60年代、高度経済成長政策によって「大気汚染・水質汚濁・地盤沈下」などの公害問題が発生した。加えて「住宅・交通・保育所・学校」などの社会資本の不足によって住民運動が激化した。
 60年代から70年代にかけての住民運動は「首長と議会に解決を求める要求行動」であった。だが、その要求を受けとる首長や議会の側に、民主代表制の政治感覚と行動原理が存在しなければ、住民の側に不満が堆積する。
 わが国で実際に住民投票を実施したのは1993年の新潟県巻町であったが、最初の住民投票条例の制定は、1982年の高知県窪川町であった。
 窪川町で住民投票条例が制定されるに至ったのは、当時の首長と議員が代表民主制に反した振る舞いによって住民の不信感を高めたからであった。「原発建設についての決着を直接住民に訊くのは卑怯な手段である」との町長の発言が「住民の反感」を買ったのである。
 すなわち、わが国で最初の「住民投票条例」は「代表民主制度が機能不全」に陥ったとき、代表民主制を「担保する制度」の要求として始まったのである。
 「住民投票条例」は「代表民主制の機能不全」を是正する制度として登場したのであった。
 今回の市町村合併を巡って、「住民投票条例の制定」を求める署名運動が全国各地に起きたのは、住民が「代表民主制を担保する制度」の必要に気づき始めたものと認識すべきである。すなわち「市民自治の主体としての意思を表明する制度」を求める「動向の始まり」と認識すべきであろう。
 そのような事態の展開であった。
市民自治の過去・現在・未来
(カテゴリー: 北海道自治土曜講座
市民自治 の 過去・現在・未来

第14回 (2008年度) 北海道自治土曜講座「第4講」
テーマ「市民自治 の 過去・現在・未来」

2008年9月27日 北海学園大学 21番教室
10:00−12:00 講演「自治の過去・現在・未来」
            松下 圭一(法政大学名誉教授)
13:00−14:30 講演「自治体学の論点」
            森 啓(地方自治土曜講座実行委員長)
14:40−16:30 討論「市民自治の課題と展望」
         司 会: 山内 亮史(旭川大学学長)
         討論者:松下 圭一、神原 勝(北海学園大学)、
              田中富雄(三郷市・自治体学会員) 森 啓

北海道自治土曜講座

 1995年から実行委員会方式で始まった。月一回土曜日に、年5回ないし6回開催する有料の自治講座である。初年度は100名定員で募集した。申込が殺到したので会場を急遽変更したが350名で受付を打ち切らざるを得なかった。初年度受講者のアンケートには開催継続を求める声が80%を超えた。二年目は申込を断らず872人の受講申込みを受付けた。会場探しに苦心して結局、北大教養部の講堂と大教室の二会場で、受講者を二分して講師は一日二回の講義を行った。なぜ有料の自治講座にかくも多数の受講者が集まるのか。「国家統治の理論」を転換する「市民自治の理論」を求めているからである。 
 受講者は、自治体の職員、市民、議員、首長、報道関係の記者も受講した。様々な職業の人が集まったから会場に活気が漲る。受講者は休憩時に話し合い旧友のような親密な意識が交錯する。講師を囲む交流懇談会も満員で熱気が漲った。行政の研修にはこのような熱気は生じない。
 土曜講座では、講師が「問題は何か」「それをどう考えるか」を語る。受講者に問題意識があるから集中して聴く。私語はない。学んでいるのは自治体理論である。課題解決の方策を模索する政策型思考である。
現在( 2007年)、ブックレットは115冊を超え「公人の友社」から頒布されている。
 北海道土曜講座の一番の成果は、道内各地の人々が相互に知り合ったことである。いつの場合にも、問題が見えて行動する人は地域では少数派である。その少数派が知り合ったことの意味は大きい。
 土曜講座の波は全道に広がり、上川、釧路、十勝、檜山、北見、宗谷、空知、渡島でも開催され、最盛時には毎月2500人を超える職員と市民と議員が自治体理論を学習した。
時代の転換期には学習熱が高まる。自由民権期の明治には若者の学習熱が高まった。土曜講座から北海道自立の理論と政策構想力を身につけた市民と職員が育っている。既に10人を超える町長が誕生している。 

○ 地方自治土曜講座実行委員会事務局 TEL・FAX 011(261)1921
○ 北海道自治土曜講座のホームページ
   http://www2.pinky.ne.jp/~doyokouza/  

シンポジュウムの司会
(カテゴリー: 自治体学とシンポジュウム
「シンポジュウムの司会」

シンポジュウムの意味
 80年代から「シンポジュウム」や「パネル討論」が盛んに開催されるようになった。シンポジュウムは花盛りである。現代社会は前例のない重要課題が次々と生起するからである。
 「何が問題であるのか」「打開の糸口と手立ては何か」は誰にも明瞭には見えていない。見えていない課題であるから「文殊の智慧」で討論して模索するのである。シンポジュウムは「問題の真相は何か」「解決の糸口は何か」を見出す場である。人集めのイベント行事ではない。  
 その問題に精通・見識・経験ありと思われた人が選定されて討論者として登壇するのがシンポジュウムである。
 ところが、参会者が「期待外れであった」「退屈でつまらなかった」と呟きながら帰途につくシンポジュウムが実に多い。残念至極なことである。
 なぜそうなるのか。 

司会の役割
 「期待どおりであった」「内容が良かった」「来て良かった」のシンポになる要因は何か。「司会」である。「シンポは司会次第」である。
 最初に10分乃至15分の発言をひとわたりさせる進行が多い。その間、司会は発言を促すだけである。15分で四人なら60分である。二時間のシンポならば半分の時間である。その間、会場内は沈静し活気なく知的興奮もない。交論のないミニ講演である。「つまらなかった」になるのは必定であろう。
 司会の役割は、参会者の思考回路を全開させ会場内に知的興奮と緊張感を喚起することにある。司会は単なる進行役ではない。
 登壇者には用意してきたメモを見ながらの発言をさせない。その場で考えて討論をしていただく。シンポジュウムは一般論を聞く場ではない。討論する場である。司会の役割は発言を噛み合わせることにある。
 例えば、開始前の打合せで「今の所見に対して貴方の意見を言って下さいと言いますから」「他の方の発言をよく聴いてください」「考えてきた文章メモはこの場で破り捨てて下さい」「壇上で聴いて考えたことを発言して下さい」と言っておく。同様に司会も発言を聴き「論ずべき点」を随時 (討論が逸れたときに) 呈示する。それが出来なければシンポの司会は務まらない。
 例えば、司会が論点を示して「所見」を求めて「只今のご所見に賛成ですか」「補足することがありますか」「異なる見方の意見でしょうか」と訊ねる。訊ねて発言を促す。シンポは真剣勝負である。勝ち負けではないが緊張感が必要である。その真剣な所見の交錯が会場内に知的興奮を醸し出すのである。そしてときには爆笑で会場が和むのである。
 シンポの成否は司会のユーモアと機智の才覚次第である。

時間管理
 司会の役割は二つである。
一つは発言を噛み合わせて交論をさせる。二つ目は時間管理である。
 一回の発言を短くして発言回数を多くする。各人の発言時間をなるべく均等にする。冗長な発言を遮るのも司会の役割である。著名な大物であっても怯んではならない。会場発言を認めるときは事前に時間を示して冗長発言を制止する。巧みに時間管理ができて司会である。「時間がありませんので」の連発は見てよいものではない。
 シンポの成否は参会者が会場から出てくるときの表情に示されている。
 その表情に示される「満足の内容」も考察するべき問題であるのだが、「発言者の選定・人数」「会場設営」「会場討論」などと共に後日に述べる。